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宮崎地方裁判所 昭和59年(ワ)416号 判決

原告

安本昌克

原告

安本勝美

原告

安本律子

右三名訴訟代理人弁護士

松本剛

右訴訟復代理人弁護士

村田喬

泉裕二郎

被告

宮崎市

右代表者市長

長友貞藏

右訴訟代理人弁護士

殿所哲

右指定代理人

高橋正彦

梅田明人

湯元安男

愛甲勝彦

主文

一  被告は、原告安本昌克に対し金八九三三万五八三〇円、原告安本勝美、原告安本律子に対し各金二五〇万円及び右各金員に対する昭和五六年六月一九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項記載の認容金額につき各二分の一の限度において、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告安本昌克に対し金九〇〇〇万円、原告安本勝美、同安本律子に対し各金五〇〇万円及び右各金員に対する昭和五六年六月一九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

原告安本昌克(以下「原告昌克」という。)は、昭和四二年五月一〇日生まれで、後記本件事故当時、宮崎市立宮崎中学校(以下「宮崎中学校」という。)第二学年に在学していた生徒であり、原告安本勝美(以下「原告勝美」という。)はその実父、原告安本律子(以下「原告律子」という。)はその実母である。

被告は、宮崎中学校を設置管理するものであり、大塚逸郎(以下「大塚」という。)は、本件事故当時、宮崎中学校の教諭をしていたものであり、被告の公務員である。

2  本件事故

原告昌克は、昭和五六年六月一八日午前一一時五五分ころ、宮崎市永楽町所在の宮崎中学校内に設置されたプール(以下「本件プール」という。)において、大塚教諭の指導により、正規の体育授業としてスタート台から逆飛び込みを行つたところ、入水直後に水底に前頭部を打ちつけ、頸髄損傷、第四・第五頸椎圧迫骨折の傷害を受けた。

3  被告の責任

(一) 本件プールの設置管理の瑕疵(国家賠償法二条)

(1) 本件プールは、長さ二五メートル、幅一六メートルで八コースが取れるようになつており、水深は両端で一一〇センチメートル、中央付近で一二〇センチメートルであつた。そして一端にスタート台が設けられているが、その満水時における水面からの高さは四五センチメートルである。

(2) 本件プールは、中学生の教育のためのプールとして設置されているものであり、その構造は右目的に沿うべきものであるところ、文部省作成の「中学校指導書保健体育編」では、その指導内容として、泳ぎの系統のほかに飛び込みの系統として逆飛び込みを取り上げ、逆飛び込みを「プールサイドなどから安全に飛び込んで泳ぎができるようにする方法」として位置付けている。したがつて、本件プールは基礎的泳力と安全な飛び込み技術の習得を目標として設置されているということができる。

(3) 本件事故は、「えび飛び込み、助走飛び込み」等の危険な飛び込みによるものではなく、一般に行われている逆飛び込みの結果生じたものである。また、水面もほぼ満水状態にあつた。このように、通常予想される逆飛び込みの態様で事故が発生したことは、本件プールの水深が逆飛び込みを行うプールとしては不十分であつたことを示すものである。

(4) 本件プールの水深が不十分であつたことは、次の事実からも窺うことができる。

本件プールは、昭和四一年に建設されたものであるが、当時の宮崎市内の一四歳(事故時の原告昌克の年齢)の生徒の平均身長をみれば、男子で157.5センチメートル、女子で152.0センチメートルであるところ、本件事故時の昭和五六年には、男子で162.1センチメートル、女子で154.9センチメートルであり、同じく体重をみれば昭和四一年の男子が46.7キログラム、女子が45.6キログラム、昭和五六年では男子が51.4キログラム、女子が48.4キログラムとなつている。したがつて、本件プール建設時から事故時までの間の体位は、男子につき身長が4.6センチメートル、体重が4.7キログラム、女子につき身長が2.90センチメートル、体重が2.8キログラムそれぞれ増加している。ちなみに、原告昌克の事故時の身長は一七〇センチメートル、体重は七四キログラムである。右の体位向上にもかかわらず、本件プールの水深は建築時のままに据え置かれており、現在の生徒の体位に適応しているとはいい難い。

これは宮崎県教職員組合中央支部で行なつた「プール施設実態調査」の結果、本件プールとほぼ同じ水深をもつ中学生用プールにおいて、調査対象の中学生の34.5パーセントが水底に接触するなどの事故に遇つており、体位が向上するにつれて、その率は高くなつていることからも明らかである。

(5) なお、日本体育施設協会監修体育施設全書第4巻「水泳プール」によれば、一般用飛び込みプールの水深につき、飛び込み台の高さが五〇センチメートルの時の安全最小水深は一七〇センチメートルとされている。飛び込みとスタートを目的とする逆飛び込みとでは必ずしも同列に論じられないが、未熟な生徒も対象とする授業用プールにおいては、急角度の入水も予想されるのであるから、四五センチメートルのスタート台をもつ本件プールにおいても安全性の見地から右指針を参考にして可及的に深い水深をとるべきであり、少なくともスタート台前面の水深に関する限り、身長の低位の泳ぎの未熟な生徒が溺れないようにするという要請を考慮に入れても、一三〇センチメートル以上の水深は確保されるべきであつた。

(6) しかるに、本件プールの水深は、右基準に満たないものであり、逆飛び込みを行うプールとしては、通常有すべき安全性を欠いた瑕疵がある。

さらに、本件プールのスタート台は、前記(2)の本件プールの目的に照らし、その必要性には疑問があるが、仮に、学校行事としての競泳のスタート台として必要があるとしても、一般の生徒を対象とする指導の際には取り外し可能な構造にすれば足りるのであるから、本件プールの水深に配慮することなく、高さ四五センチメートルのスタート台を設置したことにも、設置管理の瑕疵があるというべきである。

(二) 大塚教諭の過失(国家賠償法一条)

水泳は、ときに生命にも関わる事故が発生することがあるため、その安全性に特に注意が払われるべき科目であり、なかでも逆飛び込みは、危険性が高いため、その指導に当たつては、特に高度な安全保持義務が課せられているというべきである。本件では、水深が浅く、安全性の見地からその構造に瑕疵のあるプールを利用して逆飛び込みをさせるのであるから、その指導に当たつては、より一層の慎重な配慮が必要であつた。

(1) 従つて、大塚教諭としては、逆飛び込みの指導に当たり、生徒の水泳―特に逆飛び込みの技術―に対する経験・習熟度を、個別的に、正確に把握したうえで、その能力に応じた指導を段階的に、その習熟の程度に従つて十分に時間をかけてなすべきであつた。

しかるに、大塚教諭は、原告昌克が、中学一年生時に部活の柔道の練習で肋骨を骨折したため、水泳の授業を十分に受けていなかつたことなどもあつて、中学二年生時の水泳授業における二時限目のプールサイドからの逆飛び込みの練習の際、腹打ちをするなどその技術が未熟であつたのに、これを正しく把握して個別的な指導を実施しないまま、三〇分程度の時間で逆飛び込みの指導を終えたうえ、次の三時限目には、その復習をすることもなく、いきなりスタート台から逆飛び込みをさせ、二〇〇メートルの泳ぎにつなげるという高度な課題を与え、本件事故を発生させた過失がある。

(2) また、逆飛び込みの練習の際に、頭部を水底に衝突させる危険性について生徒が理解していないことが十分予想されたのであるから、大塚としては、あらかじめ、危険を具体的に指摘したうえで、「手を伸ばす」「手のひらを返す」「水中で眼をあけておく」等の方法が危険回避の手段としても不可欠であることを徹底させておくべきであつたが、同人には逆飛び込みで水底に頭を打つという危険性が意識になかつたため、右指導上の注意を危険防止の観点から説明しなかつた過失がある。

(三) 以上のとおり、本件事故は、本件プールの設置管理の瑕疵または大塚の過失によつて生じたものであるから、被告は、国家賠償法二条または同法一条により、原告らが本件事故により受けた後記損害を賠償する義務がある。

4  原告らの損害

(一) 原告昌克の損害

(1) 後遺障害による逸失利益

原告昌克は、本件事故による受傷により手首、手指の屈伸筋力低下等指機能傷害を中心とする上肢麻痺、下肢筋力の殆ど全廃、さらに胸髄レベル以下の表在覚障害、膀胱、直腸障害などの身体障害等級表一級に該当する後遺障害を残し、労働能力を一〇〇パーセント喪失するに至つた。

原告昌克は、一八歳に達した後も国立療養所宮崎東病院に入院して治療を受けながら宮崎赤江養護学校に通学し、高校生として就学しているが、それは本件事故による就学期の遅れであるから、逸失利益の算定に当たつては、一八歳から高校卒業男子として稼働可能であつたとして計算すべきである。

そこで、昭和六一年賃金センサスにより、高校卒業男子の全産業計、全年齢計の平均賃金を基準とし、稼働可能年齢を六七歳として、その稼働可能期間四九年(実際には原告昌克は現在二〇歳であり、既に二年を経過しているが、本計算では右期間も含め一括して中間利息を控除する。)に対応する新ホフマン係数24.4162を乗じ、さらに労働能力一〇〇パーセントを乗ずると、次のとおり一億〇一四六万八八四三円となる。

4,155,800円×24.4162×100/100

=101,468,843円

(年間所得)(新ホフマン係数)

(喪失率)

(2) 慰謝料

原告昌克は、本件事故により運動能力をほぼ完全に失つた他、排尿・排便も自力でなし得ず、また体温調節障害にも悩まされている。

原告昌克の精神的苦痛は、死に比肩し得べきものであり、原告昌克の事故時の年齢も考えると、一五〇〇万円が相当である。

(3) 付添看護費用

原告昌克は受傷後、直ちに古賀外科病院へ収容され、四二日間の入院加療を受けたが、症状の改善は見られず、リハビリテーションのため、八代市所在の熊本労災病院へ転医した。その後、昭和五七年一一月二九日に宮崎市に帰り潤和会病院に転医して高圧酸素療法を受けたが改善せず、同五九年二月六日に国立療養所宮崎東病院に転医し、現在も同病院で入院加療中である。

原告律子は、本件事故の日から原告昌克が国立療養所宮崎東病院に転医した昭和五九年二月六日までは泊り込みで付き添い、同病院に入院後も少なくとも昭和六〇年三月末日までは日中全日付き添つていた。

この付添看護料相当の損害は、一日当り三〇〇〇円が相当である。

よつて右期間の付添看護料相当の損害金は、右期間一三八一日に三〇〇〇円を乗じた四一四万三〇〇〇円となる。

(4) 入院諸雑費

原告昌克は、昭和六〇年四月一日以降も、昭和六四年三月に宮崎赤江養護学校を卒業するまでは国立療養所宮崎東病院に入院を継続する予定である。この間の入院諸雑費としては一日当り一五〇〇円(平均月額四万五〇〇〇円)が相当であるが、昭和六〇年四月以降昭和六二年一〇月までの三一か月分は既に期限が到来しており、一三九万五〇〇〇円となる。また、同年一一月から昭和六四年三月までの一七か月分につき、新ホフマン係数(月別)により中間利息を控除して計算すれば、つぎのとおり七三万七六三一円となる。

45,000円×16.398=737,631円

(月額雑費)(新ホフマン係数)

したがつて、入院諸雑費に相当する損害金は、二一三万二六三一円となる。

(5) 介護費用

原告昌克は、努力の末、平らな床面を車椅子で移動すること、補助具を付けて筆記し、さじを使うこと等をなし得るようになつたが、車椅子の乗り降り、補助具の装着には他人の介助を要し、原告昌克が独力で日常生活を送ることは全く期待できない。

昭和六四年四月以降は、自宅で生活することになるが、自宅生活となれば肉親等に介護を依頼せざるを得ず、その必要は終生変わらない。原告昌克の現年齢である二〇歳の日本人の平均余命は、五四・五六年(厚生省大臣官房統計情報部編「第一五回生命表」)であるから、昭和六四年四月以降、少なくとも五二年間に亘り付添介護が必要となるが、その費用は一日当り三〇〇〇円(年額一〇九万五〇〇〇円)が相当である。

したがつて、右期間の付添介護相当損害金につき、新ホフマン係数により中間利息を控除すれば、つぎのとおり二六〇八万〇八一九円となる。

1,095,000円×(25.8056−1.9875)

=26,080,819円

(年間介護費用) (54年係数)

(2年係数)

(6) 家屋改造費

原告昌克が退院後、その自宅で生活するには車椅子の出入りできるスロープの付いた玄関口を設け、出入口、室内扉を自動開閉式とし、さらに浴場・便所を車椅子で出入りし、でるだけ少ない介助で入浴等を可能にする構造にするなど、大幅な改造が必要となる。

その費用としては、八〇四万九〇〇〇円が見込まれる。

(7) 弁護士費用

原告昌克は、原告ら訴訟代理人に対し、本件訴訟遂行に要する一切の弁護士費用として勝訴の際、同原告の請求額の一〇パーセントに相当する九〇〇万円を支払うことを約した。

(二) 原告勝美、同律子の損害

右原告らは、健康で快活な長男原告昌克の将来に期待をかけ、幸福な家庭生活を送つていたが、本件事故により、一転して将来の希望を失つた。原告律子は、本件事故後職を辞し、介助・看護に専念していたが、現在の障害者福祉等の実態を考えると、今後も原告ら肉親が原告昌克の介助はもとより生活全般を支えていかねばならない。そのような原告らの精神的苦痛を慰謝するには各五〇〇万円が相当である。

5  よつて、原告らは被告に対し、国家賠償法二条一項又は一条一項による損害賠償請求権に基づき、原告昌克において、前記損害額合計一億六五八七万四二九三円から昭和六二年二月一二日に特殊法人日本体育・学校健康センターから本件障害に対する見舞金として受領した一八〇〇万円の損害填補分を控除した一億四七八七万四二九三円のうち九〇〇〇万円、原告勝美、同律子において、各五〇〇万円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年六月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告昌克の傷害の内容については不知。その余の事実は認める。

3(一)  同3(一)の事実のうち、(1)は認め、その余は争う。

(二)  同3(二)(三)の事実は争う。

4  同4の事実は争う。

三  被告の主張

1  本件プールの安全性について

文部省の示している手引書によると、「一般の競泳用プールは、水深九〇センチメートル以上を必要とし、スタート台の高さは三〇センチメートル以上七五センチメートル以下」となつており、また、日本水泳連盟プール公認規則によると、「競泳公認プールの二五メートルプールでは水深一〇〇センチメートル以上(小、中学校プールでは水深八〇センチメートル以上)、スタート台の高さは、二五メートルプールでかつスタート台前面の水深一二〇センチメートル未満のとき三五センチメートル以上五〇センチメートル以下とする。(小、中学校プールについては規則なし)」こととなつている。また、前記体育施設全書第2巻「学校体育施設」によると、中学校用プールの水深は最浅八〇センチメートル、最深一四〇センチメートルとし、スタート台の高さについては特に指定していない。また、宮崎市内一六中学校の各プール本体構造は、水深が最浅八〇センチメートル、最深一三〇センチメートル、スタート台の高さが最底三〇センチメートル、最高六〇センチメートルである。したがつて、本件プールの構造は、極めて常識的なものとなつているのであつて、本件プールはその設置管理について本件事故と因果関係の見出されるような特段の瑕疵は存しないのである。また、本件プールにおいて、昭和四一年の設置以来、逆飛び込みによる負傷事故が発生したのは、本件事故をおいて他にはない事実をもつてしても、右瑕疵のないことは明らかである。

2  大塚教諭の指導について

大塚教諭は、宮崎中学校保健体育部作成の水泳指導計画案に従つて、二年三、四組の男子生徒に対し、二時限目(昭和五六年六月一七日)の水泳の授業で、中学一年生時に習つた逆飛び込みの技術を復習すると同時に、プールサイドから少なくとも五・六回以上実地に練習させ、次いで、全員をスタート台の方に誘導し、模範演技を示したうえでスタート台からの逆飛び込みを四・五回練習させたが、これらの練習の際、原告昌克は全く問題のない逆飛び込みを行つており、本件事故時の原告昌克の逆飛び込みについても、スタート姿勢、足の蹴り等、いずれもこれに注意を与えるべき欠点は見られなかつた。結局、本件事故の原因としては、原告昌克が逆飛び込みをした直後、手を上方に反らして浮上する動作が遅れたことしか考えられないが、右動作とその目的については、原告昌克も十分習得していたものであり、また、事故前日も、その当日も多数の児童が同様の逆飛び込みを行い、何ら本件の如き事故が発生していないことを考えると、大塚教諭の逆飛び込みについての指導は適正であつたというべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者等

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故の発生及びその経緯

請求原因2のうち、原告昌克が、昭和五六年六月一八日午前一一時五五分ころ、本件プールにおいて、大塚教諭の指導により、正規の体育授業として、逆飛び込みを行つたことについては当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

大塚教諭は、宮崎中学校保健体育部作成の水泳指導計画案に従い、昭和五六年六月一六日、二年三・四組男子の水泳の授業の第一時限目として、オリエンテーション、水慣れのための水遊び等の授業を実施した。翌一七日、第二時限目には、準備運動等の後、中学一年生時に習つた逆飛び込みの技術を復習するため、まず、生徒をプールサイドに十数名ずつ横三列に並べ、プールサイドに腰をかけて腕を伸ばし腕の中に頭を入れた状態で、同教諭に近い生徒から順次飛び込ませ、一巡後、今度は十数名ずつを一斉に飛び込ませ、同様の手順で中腰の状態からの練習を行つた。次いで立つた状態からの練習に移り、今度は最初から十数名ずつを一斉に飛び込ませ、これを二、三回繰り返した。その過程で、フォームに問題のあつた生徒三名に対しては個別指導を行つた。その後、大塚教諭は、全員をスタート台の方に誘導し、両腕は頭にあてるようなつもりで伸ばしてあごを引き、しつかりと前方に蹴り、できるだけ遠くに浅く飛ぶこと、入水するまでは目をあけ、入水後はできるだけ早く手のひらを上方に返すこと等の注意を与え、模範演技を示したうえで、八人ずつスタート台に立たせて一斉に飛込ませる方法で、逆飛び込みの練習を四、五回実施した。

同月一八日、第三時限目、大塚教諭は、逆飛び込みから平泳ぎにつなげる泳法動作を学ぶことを話した後、ウオーミングアップとしてスタート台から逆飛び込みによるスタートで、二〇〇メートルを自由型で泳ぐことを指示した。その方法は、生徒が一名ずつ第一コースのスタート台から飛び込み、約七メートル先のプールサイドに立つている大塚教諭の足下を過ぎ去つた時点で、同教諭が手をたたいて次泳者がスタートするという順序で行われ、泳者は第一コースの終点で第二コースに移り、第二コースを折り返して泳ぎ、同じ方法で第八コースのスタート台まで泳ぐというものであつた。大塚教諭は、右逆飛び込みに当たり、「足指を曲げてスタート台にしつかりかけ、力を入れて飛べ。」という注意を与えた。原告昌克は一六番目ころにスタートしたが、入水直後にプールの底に頭部を打ちつけ、そのままうつぶせになつた状態で浮上し、第四・第五頸椎骨折、頸髄損傷の傷害を負つた。

三被告の責任

1  本件プールの設置管理の瑕疵(国家賠償法二条)について

(一)  請求原因3(一)(1)(本件プールの構造)の事実については、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によれば、文部省作成の「中学校指導書保健体育編」では、プールサイドなどから安全に飛び込んで泳ぎができるようにする方法として逆飛び込みの指導を指示し、宮崎中学校の保健体育部の指導計画案においても、中学一年生時より泳ぎとともに逆飛び込みを水泳の技能の内容の一つに取り上げ、最終的にはスタート台からの逆飛び込みから泳ぎにつなげる技能を習得することを目標に置いていること、宮崎中学校では、本件プールが設置された昭和四一年以来、毎年スタート台からの逆飛び込みの練習を授業で繰り返し行つてきたこと、以上の事実が認められ、これらによれば、宮崎中学校において、本件プールは水泳の授業の課題の一つであるスタート台からの逆飛び込みの練習の際に利用することをも前提として設置されているものとみることができる。

(三)  ところで、〈証拠〉によれば、日本水泳連盟のプール公認規則は、競泳公認プールの水深を二五メートルプールで一〇〇センチメートル以上とし、スタート台については、二五メートルプールでスタート台前面の水深が一二〇センチメートル未満の場合に三五センチメートル以上五〇センチメートル以下と規定し、同連盟が昭和三五年に作成した小中学校標準プール公認規定では、小中学校用プールの水深は八〇センチメートル以上、スタート台から水面までの距離は二〇センチメートル以上とされ、昭和四一年に発行された文部省の「水泳プールの建設と管理の手びき」は、小中学校標準プールとして右小中学校標準プール公認規定の基準をそのまま掲げ、水深に関して「小学校低学年用には六〇センチメートル〜七〇センチメートル、中学校高学年用には一〇〇センチメートル程度の水深が適当と考えられるのであるが、これらの中間を考えて八〇センチメートル以上とするように定めたのである。」との解説を付しており、また、日本体育施設協会監修体育施設全書第2巻「学校体育施設」は、中学校用プールの水深を最浅八〇センチメートル、最深一四〇センチメートルとしていること及び宮崎市の一六の中学校のプールにおいては、水深では最浅1.1メートルが九校、最深1.2メートルが八校とそれぞれ最も多く、スタート台の高さは最低三〇センチメートル、最高六〇センチメートルで、五〇センチメートル前後のものが多いこと、以上の事実が認められ、これらの事実からすると、本件プールの水深及びスタート台の高さは、右の各基準等に適合した、現在の中学校用プールとして標準的なものであるということができる。

しかし、右に掲げた各基準等のうち、日本水泳連盟のプール公認規則によるものは、競泳用プールに関する基準であるから、水泳の技術の未熟な生徒を対象とする学校用プールの安全性判断の基準としては、そのまま妥当するものではなく、また、〈証拠〉によれば、日本水泳連盟が前記小中学校標準プール公認規定を設けたのは、それまでの小中学校プールにおいて、一般の公認プールにならつて水深を深くとる傾向があり、そのために事故が起こりがちであつたことから、右事故防止の必要から公認プールの最浅水深を小中学校用に浅くしたものであること及び前記体育施設全書の第4巻「水泳プール」では、学校プールは、危険防止のため水深を深くしないようにすることが強調されていることが認められ、これらのことからすると、前記の学校用プールの水深に関する基準等は、主として生徒の水に溺れる事故を防止する観点から設けられているものということができ、これらの基準等の設定に当たり、生徒の飛び込み、特に水面との高低差の大きいスタート台からの飛び込みに関する安全性について十分な考慮が払われたか否かは疑問であるといわなければならない。また、〈証拠〉によれば、本件プールは昭和四一年に設置されたものであるところ、右当時の宮崎市の一四歳(本件事故時の原告昌克の年齢)の平均身長及び体重と本件事故が生じた昭和五六年のそれとを比較すると、請求原因3(一)(4)記載のとおり平均身長で男子が4.6センチメートル、女子が2.9センチメートル高く、平均体重で男子が4.7キログラム、女子が2.8キログラム重くなつており、生徒の右体位向上も飛び込みにおける事故発生の危険を増加させる一因となつているものと考えることができる。

以上に述べたことに、前記認定の本件事故の態様等をあわせ考慮すると、本件プールは、その使用方法に慎重な配慮がなされなければ危険性を伴うものであることを否定できないが、他方、中学校のプールの主要な使用目的が泳ぎの技能の習得にあることはいうまでもなく、学校用プールの安全性を判断するに当たつてはこれに伴う生徒の溺れによる事故防止の要請も十分考慮しなければならないのであり、後記のようにスタート台からの逆飛び込みは、中学校における飛び込みの指導の最終段階に位置づけられるものであつて、その実施に当たつては、指導担当者による段階的指導と生徒の個別的な技能の十分な把握が前提とされるところ、本件プールの水深及びスタート台の高さが、指導担当者の適切な指導により技能の習熟した者が逆飛び込みを行う場合にも事故発生の可能性があるといえるほど適正を欠いたものであることを認めるに足りる証拠はなく、前記のような危険性があることをもつて直ちに本件プールが中学校用プールとしての通常の安全性を欠くものということはいえないのであつて、他に本件プールについて国家賠償法二条の設置管理の瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。

2  大塚教諭の過失(国家賠償法一条)について

(一)  〈証拠〉によれば、宮崎中学校では逆飛び込みの指導は、水中でのイルカ遊びに始まり、プールサイドに腰掛けた姿勢から、片膝立ち、中腰、立位へと順次高い姿勢での飛び込み練習を経て、段階的になすべきものとされ、大塚教諭もそれに従つて指導していたことが認められるところ、スタート台からの逆飛び込みは、高い位置からの飛び込みであり、また、プールの深度によつては、飛び込みに失敗した場合、危険を伴うことなどからすると、最終段階に位置づけられるべきものと考えられる。そして担当教師としては、このような段階的指導を形式的に行うのではなく、その段階毎に生徒個々の習熟度を正確に把握したうえで、個別的な指導をなすべきであるが、そのためには飛び込ませる前に十分に指示を与えるだけでなく、飛び込みから入水に至る姿勢・動作の観察が不可欠である。

(二)  次に、〈証拠〉によれば、原告昌克は、小学校三年生のころから主として柔道の練習に打ち込んでいたため、水泳についての技術習得は不十分であり、小学五、六年生時に逆飛び込みの授業を受けたが、怖くて逆飛び込みができず、足から飛び込んでいたこと、中学一年生時は、肋骨を骨折したこともあつて、水泳の授業で実技に参加したのは六時限であり、その際に、逆飛び込みの指導を受けたものの、スタート台からの逆飛び込みは怖くて足から飛び込んでいたこと、本件事故の前日の第二時限のプールサイドからの立つた姿勢からの逆飛び込みの練習では、先生の指示どおり、足だけは強くけつたものの、恐怖心のためもあつて、上半身が十分に伸びず、体が反対に反つた形で入水して深く潜りすぎ、プールの底すれすれのところまで顔が接近したり、上手に飛び込んだ場合でも腹打ちをするなどしたこと、また、同日のスタート台からの逆飛び込みの練習では、一回目は、怖くなつて足から飛び込んでしまい、二回目は頭から飛べたが、腹打ちとなつてしまつたこと、この間大塚教諭から、何ら個別指導を受けたことはなかつたこと、当時の原告昌克の身長は一七〇センチメートル、体重は七四キログラムであり、二学年でも目立つて大柄な方であつたこと、以上の事実が認められる。右事実によれば、本件事故当時、原告昌克の逆飛び込みの技術はかなり未熟であり、本件事故の原因も、右未熟さに起因するものということができる。

(三) 以上を前提として大塚教諭の指導上の過失について検討するに、前記のとおり、本件プールのスタート台前面の水深は、技術の未熟な者がスタート台から逆飛び込みの練習を行うには構造上危険であり、しかも、原告昌克は中学二年生としては体格が大きく、スタート台からの逆飛び込みによる危険性が特に高かつたのであるから、大塚教諭としては、原告昌克の逆飛び込みの技術を正確に把握したうえで、スタート台から安全に逆飛び込みができるようになるまで、前記の段階的指導方法により繰り返し逆飛び込みの練習をさせるべきであり、それまでは、原告昌克にスタート台から立位での逆飛び込みをさせてはならない注意義務があつたというべきである。しかるに、大塚教諭は、前記認定のとおり保健体育部の水泳指導計画案に形式的に従い、中学校一年生時の復習という形で逆飛び込みの段階的練習を短時間実施しただけで、生徒全員にスタート台からの逆飛び込みを行わせたものであり、その結果、原告昌克がプールサイドでの練習においても相当不安定な飛び込みをしているのを見落し、これに適正な個別指導をすることなく、スタート台からの逆飛び込みをなさしめた過失があるというべきである。

したがつて、本件事故は大塚教諭の右指導上の過失によつて生じたものであるところ、国家賠償法一条にいう公権力の行使には、公立学校における教師の教育活動も含まれると解されるから、被告は同条に基づき、大塚教諭の右過失により原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

四損害

1  原告昌克の後遺障害等

〈証拠〉によれば、

(一)  原告昌克は、受傷後、直ちに古賀外科病院へ収容され、四二日間の入院加療を受けたが、症状の改善は見られず、リハビリテーションのため八代市所在の熊本労災病院へ転医した。その後、昭和五七年一一月二九日に宮崎市に帰り、潤和会病院に転医して高圧酸素療法を受けたが改善せず、昭和五九年二月六日に国立療養所宮崎東病院に転医し、現在は同病院に入院して治療を受けながら、宮崎赤江養護学校高等部に通学している。

(二)  現在、原告昌克は、両下肢は完全に麻痺し、両上肢にも不完全麻痺が認められ、肩を後方にそらしその反動である程度腕を前方に伸ばすことはできるものの、指は全く動かすことができず、胸部以下の表在感覚は低下し、自立神経障害として起立性低血圧による体位変換時の頭重感、フラフラ感、体温調節障害による身体の熱感・冷感等の症状があり、膀胱・直腸障害のため尿意・便意はあるも、自制困難であり、排尿は器具の装着が必要である。原告昌克の症状と機能障害は、右の状態でほぼ固定しており、今後その大きな回復は望めない。

(三)  なお、原告昌克は、リハビリテーションにより、平らな床面を車椅子で移動したり、補助具を付けての筆記や匙の使用等をなし得るようになつたが、車椅子の乗り降り、補助具の装着には他人の介助を要し、独力で日常生活を送ることは全く期待できない。

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  原告昌克の損害

(一)  逸失利益

右認定事実によれば、原告昌克は本件事故によつてその労働能力を完全に喪失したものということができる。そこで昭和六一年賃金センサスにより、高校卒業男子の産業計、企業規模計、年齢計の平均年収を基準にして、一八歳から稼働可能な六七歳までの逸失利益の本件事故時における現価をライプニッツ係数により算出すると、次のとおり六二一一万八八二〇円(小数点以下切捨)となる。

415万5800円×(18.4934−3.5459)×100/100=6211万8820円

(年間所得) (ライプニッツ係数)

(喪失率)

(二)  慰謝料

本件事故による受傷、後遺障害の内容等を考慮すると、原告昌克の入院中及び退院後の精神的苦痛に対する慰謝料は一五〇〇万円が相当である。

(三)  付添看護料

当時の原告昌克の症状・年齢等諸般の事情を考慮すると、入院中は付添看護の必要性を肯定することができるところ、原告律子の本人尋問の結果によれば、原告律子は、本件事故発生の日から昭和五九年二月六日、国立療養所宮崎東病院に転医するまで泊り込みで付き添い、同病院に入院後も少なくとも昭和六〇年三月末日まで日中付き添つていたことが認められるから、一日当たり三〇〇〇円の付添看護料相当額の損害を被つたものとして、右付添を受けた期間一三八一日を乗ずると、合計四一四万三〇〇〇円の損害となる。

(四)  入院諸雑費

〈証拠〉によると、原告昌克は、昭和六四年三月に宮崎赤江養護学校を卒業するまでは、国立療養所宮崎東病院に入院を継続する予定であることが認められる。そこで、同原告の求める昭和六〇年四月から右退院予定時期までの入院諸雑費としては一日あたり一〇〇〇円(平均月額三万円)が相当であり、既に期限が到来した昭和六二年一一月分まで三二か月分の入院諸雑費は合計九六万円となる。また、同年一二月から昭和六四年三月までの期限未到来の一六か月分の入院諸雑費につき、ホフマン係数(月別)により中間利息を控除して計算すれば、次のとおり合計四六万三七四〇円となる。

3万円×15.4580=46万3740円

(月額) (ホフマン係数)

したがつて、入院諸雑費としての損害は、合計一四二万三七四〇円である。

(五)  介護費用

〈証拠〉によれば、原告昌克は、国立療養所宮崎東病院を退院する昭和六四年四月以降は、自宅で生活することになるが、看護婦等の職員の介助を受けていた入院生活と異なり、自宅生活では付添介護を肉親等に係頼せざるをえず、その必要は終生変わらないことが認められる。第一五回生命表によると、原告昌克の現年齢である二〇歳の男子の平均余命は、五四・五六年であるから、昭和六四年四月以降少なくとも、七四歳まで五二年間にわたり、付添介護が必要となるが、その費用は一日当たり三〇〇〇円(年額一〇九万五〇〇〇円)が相当であり、右期間の介護費用につきライプニッツ係数により中間利息を控除して計算すれば、次のとおり一三六五万〇二七〇円(小数点以下切捨)となる。

109万5000円×(18.9292−6.4632)

=1365万0270円

(年額)  (ライプニッツ係数)

(六)  家屋改造費

〈証拠〉によれば、原告昌克は、退院後、家族と共に自宅で生活することになつた場合、車椅子の出入りできるスロープの付いた玄関口を設け、出入り口、室内扉を自動開閉式とし、さらに浴場・便所を車椅子で出入りし、できるだけ少ない介助で入浴等を可能にする構造にするなど自宅の大幅な改造が必要となり、その改造費用として、八〇四万九〇〇〇円を要する旨の見積書が作成されていることが認められるが、前記四1の原告の障害の内容・程度に右見積書の信頼性の度合等を勘案すれば、右改造費用のうち少なくとも六〇〇万円は、本件事故と相当因果関係のある損害として認めるのが相当である。

(七)  損害の填補

〈証拠〉によれば、原告昌克は、特殊法人日本体育・学校健康センターから本件障害に対する見舞金として一八〇〇万円の支払を受けたことが認められ、これを右損害(合計一億〇二三三万五八三〇円)から控除すると、原告昌克の損害額は八四三三万五八三〇円となる。

(八)  弁護士費用

以上によつて認められる原告昌克の認容額、本件訴訟の難易等の諸事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係があると認められる弁護士費用は、五〇〇万円が相当である。

3  原告勝美、同律子の損害

原告昌克の障害の程度は生涯にわたる深刻かつ重篤なものであるから、父母である原告勝美、同律子は、被告に対し本件事故に基づく精神的苦痛に対する慰謝料請求権を有するものと解すべきであり、右慰謝料としては、障害の程度など諸般の事情を考慮すれば、各自につき二五〇万円ずつが相当である。

五結論

よつて、原告らの本訴請求は、原告昌克につき前記損害合計八九三三万五八三〇円、原告勝美、同律子につき各二五〇万円及びこれらに対する本件事故発生後の昭和五六年六月一九日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は各認容金額の二分の一の限度において相当と認め、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川畑耕平 裁判官寺尾洋 裁判官多和田隆史)

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